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勇(ゆう)なるかな 勇(ゆう)なるかな
春の風が心地よい季節、今年も美しい桜に
目を楽しませていただいています。
皆さまも今年の桜を楽しんでいらっしゃるでしょうか。

4月、新学期や新年度を迎え、身の回りの環境が
新しくなった方も多いのではと思います。
ご自分やご家族が、新しい先生と出会われた方も
多いかもしれませんね。

良い先生との出会いは、その後の人生を変えるほどの
意味を持っています。
皆さんは、江戸時代に屈指の名君とたたえられた、
上杉鷹山(ようざん)をご存知ですか?

山形県の内陸南部、現在の置賜(おきたま)地方に相当する
米沢藩の殿様だった上杉鷹山。

1751年(寛延4年)に日向高鍋藩主の次男として
江戸藩邸で生まれた鷹山は、実母が早くに亡くなったため、
上杉家出身の祖母によって養育されました。

祖母の縁で、その後米沢藩主上杉重定の養子となった鷹山は
江戸の米沢藩邸に移ります。

鷹山が14歳の時、その教育係となったのは、
当時江戸で私塾を開き、辻説法などでも庶民にわかりやすく
学問を説いていた37歳の細井平洲(へいしゅう)でした。

四方を山に囲まれた豪雪地域の米沢藩には、
累積した借財が20万両(現代の約150億~200億円)
にも上っており、平洲はその家督を継ぐ鷹山の教育に
心血を注いだと言われています。

よく知られている平洲の言葉に、
「学、思、行、相須(あいま)つて良となす」
というものがあります。
学び、考え、それを実行して、
初めて学んだことが活きてくるという意味で、
学問の実践を重んじた平洲の考えが表されています。

鷹山が19歳の時、家督を継ぐこととなり、
初めて米沢へお国入りをすることになります。
これから困難な藩政にのぞむことになる鷹山に、
平洲はこんな言葉を贈っています。

「勇なるかな勇なるかな、勇にあらずして
何をもって行なわんや」
これから立ち向かおうとする未来に、
最も必要なのは勇気であり、勇気なくして、
どうして重要なことが行えるだろうか、という意味です。

米沢藩主となった鷹山は、自分が率先して倹約につとめ、
藩全体の経費削減に取り組み、家臣たちにも農業や
土木作業をさせ、養蚕や機織りなどの殖産興業を奨励する
といった大規模な藩政改革を行いました。
反対する者も多くあり、幾多の困難もありましたが、
次第にその努力は実を結んでいきます。

藩政改革に生涯をかけた鷹山は、1822年(文政5年)に
72歳で他界しますが、その翌年に米沢藩は借財の完済を
果たしています。

新しいことに取り組む際、最も必要なのは「勇気」だと
鷹山に教えた平洲の言葉。
皆さんも何かに挑戦する際には、
ぜひ思い出してみてくださいね。

勇なるかな勇なるかな

【2017/04/04 09:00】 | 今日のさんぽ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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