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喜ばれるところに道がある
日も少しずつ長くなってきた
今日この頃ですが、
まだまだ厳しい寒さが続いていますね。
皆さまもお元気でお過ごしでしょうか?

毎日寒い・・・と思いがちですが、
ロシアなど極寒の地と比べれば
ずっと暖かいことに気づきます。
2月の平均気温は零下十数度の地域が
多いのだそう。
本当に寒さが厳しい場所なのですね。

そんな過酷な場所で、
戦後多くの日本人が過ごさざるを得なかった、
「シベリア抑留」をご存知ですか?

第二次世界大戦後、
ソ連軍の捕虜となった多くの日本人は
収容所に入れられ、主にシベリアやモンゴルで、
数年にわたり強制労働に従事させられました。

厚生労働省の発表によると、
その数は57万5千人にのぼり、
そのうち日本に帰還できた人の数は47万3千人、
公的に死亡の記録が確認されている数は
5万5千人とされています。

冬には零下30℃という寒さの中、
主に森林伐採など野外の作業に従事させられ、
食物も満足に与えられない劣悪な環境の中、
多くの命が失われました。

シベリア抑留の経験者には、
歌手の三波春夫さん、
作家の胡桃沢耕史さんなど、
後に活躍された方も多くいらっしゃいます。

その中の一人が、
帝国ホテルの料理長を26年間務めた
村上信夫さん。
日本でフランス料理を広め、
NHK「今日の料理」の講師も務めたことで
知られています。
1921(大正10)年、東京に生まれた村上さんは、
18歳で帝国ホテルに見習いとして採用されます。
その後20歳で出征、中国で終戦を迎え、
シベリア抑留を経験することとなりました。

ある日村上さんは、
収容所の老齢の女医さんから、
「死にそうな病人がいるので、
最後に何か食べさせてあげてほしい」と
頼まれます。
病人の願いは、「パイナップルが食べたい」。

あるはずもなく困っていたところ、
その女医さんがリンゴを持ってきてくれたそう。
そこで村上さんは、リンゴの芯を抜いて
輪切りにし、甘く煮て
パイナップルそっくりに料理したところ、
瀕死の病人は本当にパイナップルだと思い、
喜んで食べたのだそうです。
そしてそれがきっかけとなり、
「生きていればこんなに美味しいものが
食べられる。必ず治る」と
強く思い続けたその方は、
奇跡的に回復されたのだそう。

お礼を言われた村上さんは本当に嬉しく、
「自分のやることは料理を作ること以外にない」
と思ったのだそうです。
「人が喜んでくれることは、
進んでやらなければいけない」
そんな思いを抱いてシベリアから復員した村上さんは、
再び帝国ホテルのコックとして働き、
大活躍していくこととなります。

人が喜んでくれるところに、自分が進む道がある。

寒いなと思ったら、
この「リンゴのパイナップル」のお話を
思い出してみてくださいね。
【2018/02/27 09:00】 | 今日のさんぽ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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